平成16年7月31日
〜8月7日のうち

【8月3〜4日朝分】
泥湯温泉からバスで湯沢駅に着いたyosiは11:42の奥羽本線の普通列車に乗ってさらに北に向かいました。秋田方面と田沢湖方面に分かれる大曲には12:28到着。ここから角館までは田沢湖線の普通電車でもすぐでもったいないですが、待ち時間が長いので秋田新幹線で角館に向かいます。約10分で到着しました。角館の駅前は観光地らしくきれいに整っています。あまり観光地は好きではないyosiですが、角館の郊外にある渓谷を見たかったのと、一応見ておくかな、と訪れてみたわけです。駅のコインロッカーに荷物を置いてブラブラと歩いてみることにしました。観光のメインとなる中心街までは駅から歩いて10分程です。
 角 館 

↑JR角館駅

【角館の歴史】
秋田県仙北平野の北端に位置する角館町は、三方を小高い山々に囲まれ、町中を桧木内川が南流する静かな城下町です。 現在の町の原形は、いまから380年ほど前、この地方を領していた芦名義勝によって造られ、その後は佐竹北家の城下町として発展しました。 町並みは京都のように南北に長く東西に短く、佐竹北家は公家の血をひいていることからも、角館にはみちのくの風情の中に京をしのぶものが色濃く残っています。 タイムスリップしたような武家屋敷、寄り添うように四季折々を彩る枝垂桜、そして商家の土蔵、伝統の樺細工、秋祭り・・・・・・。 角館はいつまでも歴史が脈々と生きている町なのです。(角館町HPより)


↑母屋     →米蔵
駅前の通りを10分ほど歩くと左手に一番最初に現れるのが西宮家です。5つの蔵と母屋があって、中はレストランやお店になっています。時間が有ればゆっくり食事したり買い物したりしても良かったかな。

【西宮家】
「今宮武士団」と呼ばれる、 角館を領する芦名氏や佐竹北家とは一線を画す秋田佐竹本家の直臣たちの中の西宮織部という人が町が出来たときに移り住んで出来た家です。明治後期から、大正時代にかけては地主として最も繁栄し、その時代に建てられた5棟の蔵と母屋は西宮家の栄華を今に伝えています。平成9年、この建物を復元し、第3セクターとして無料で開放されています。
http://www.hana.or.jp/~nishi/

←レンガ蔵(左)と母屋(右奥)
↑母屋の中はこんなです
【安藤家】
続いて駅から左手奥にちょっと行くと安藤家があります。味噌醤油、漬物を作っています。写真左のレンが造りの蔵座敷は中から見ると結構きらびやかでした。中は商品の販売の他、休憩所などもあります。
http://www.andojyozo.co.jp/

さて、町の南側の商人町はこの外にも革細工や樺細工、お菓子などイロイロなお店が割とゴチャゴチャしたカンジです。まあ、完全に観光地となっているカンジですけど。観光客も一杯です。。。少々お疲れ気味となったyosiは今度は町の北側に有る武家屋敷の集まる地点へと向かいました。

【小田野家】
京都庭園作法の伝統植栽法を取り入れ、幕末期武家屋敷の一様式を伝える。
【河原田家】
料金:無料
開館:am9:00-pm4:30
休館:11月-4月上旬

芦名氏の会津時代からの普代の家柄。座敷には、この地方の書院造りの典型的な様式を残しています。

【角館の町並】
深い木立と重厚な屋敷構えで知られている角館町は元和6年(1620年)角館地方を領していた芦名義勝によって造られたものです。三方を山に囲まれ、南の玉川筋によって仙北平野に開いている地形は城下町を形成するのに最も適した場所だった。町を造るのには、現在の古城山を北端として南に向けて3本の道路を設定しこれを中心に作ったといわれる。町の中央部は火除けと呼ばれる場所で幅25m桧木内川まで町のもっとも狭い部分を分断する形で設けられています。北側に位置する武家町は深い木立が覆い、一方南の商人町は町並みがびっしりと埋めて対照を成している。町が造られた当時は武家屋敷80戸、商家350戸と数えられ秋田藩の支藩としては最も大きな城下町を形成していました。

←資料館入口 ↑展示室

↑忍が着た物。。。

↑お殿様やお姫様が使ったのでしょうか。。。
【角館武家屋敷資料館】
武家屋敷街の中程にあります。蔵の内部には佐竹北藩で使った籠や鎧、手紙などの品々が展示されています。内部は3部屋ほどで時間もかからず見れます。係りのおぢさんがおそばを食べながらキップを切っていました。

:0187-53-2902
角館町東勝楽丁9
料金:大人300円
休館:年中無休


→武家屋敷通りに沿って建物が並びます
【岩橋家】
料金:無料
開館:am9:00-pm4:30
休館:11月-4月上旬

芦名家の重臣で、角館の中級武士の家屋として間取りなど典型的な形を残しています。

【青柳家】
料金:¥500
開館:am9:00-pm4:00
休館:無休

武家屋敷の建築様式を今につたえるこの家屋は寄棟萱葺屋根の母屋、薬医門、蔵、塀など全体として非常によくまとまっています。
【石黒家】
料金:¥300
開館:am9:00-pm5:00
休館:無休

現存する武家住宅の中でも最も古いものです。
武家屋敷通りは黒い塀が続く広い敷地の中に大木と庭園風の落ちついた雰囲気が。。。と言いたいとこですが、なにぶん観光客が多過ぎ。ま、yosiもその一人なんですけど。。。それにしても大型の観光バスから次々と出てくる観光客の波に少々お疲れ気味となってしまいました。てなわけで駅に戻って歩いて10分ほどのとこにある今夜の宿「我が家」に向かいました。ここは温泉ではないですが、お風呂にラジウム鉱石を使っています。

↑旅館「我が家」

↑室内は結構広いです

↑ラジウム鉱石が沈んでいます

←↑夕食
(きりたんぽ鍋ほか)

↑朝食
お食事は朝夕共に1Fの食堂で頂きます。質と量ともにまずまずですかね。部屋も広くトイレ、洗面台、エアコン付で設備的にも悪くはないと思いました。街中の宿なので角館観光の拠点に使ってもいいのではないでしょうか。(1泊2食付、¥10000+奉仕料?\1000+消費税)しかしyosiの日焼けは親指の大きさくらいの水ぶくれとなってしまいました。宿の人にばんそーこーをもらって貼っておいたけど、痛い。テレビもこっちはチャンネル2つくらいしかなくて街に呑みに行く元気もなく冷蔵庫の酒を呑みながら早々と寝ることにしました。
 抱 返 り 渓 谷 

←抱返神社
↑神の岩橋
翌日は抱返り渓谷に出掛けました。角館を8:50に出発するバスに乗って(相変わらず乗客はyosiだけ)しばらく角館の街中を抜けて、田んぼの中を30分ほど走ると渓谷の入り口に到着です。(羽後交通¥580)
「抱返り」の名前は昔、渓谷を通ろうとした親子が、その険しさから、通過することをあきらめ我が子を抱いて帰ったという話が由来とも言われています。
渓谷の入り口にある抱返神社の前を通って3分ほど行くと大きな釣り橋が見えてきます。神の岩橋です。大正15年に出来た全長80mの釣り橋です。

←↑神の岩橋から上流(左)と下流(右)を見たとこ

↑玉川に沿った崖上に歩道が続きます

橋を渡ると上のような遊歩道に沿って歩いていくことができます。ただ渓谷となる玉川はかなり歩道より下側で広葉樹の影で見晴らしは良くないのが残念です。却って観光地らしくなってないのでいいのかとも思いました。ほとんど平坦で木影の涼しい道で渓谷の流れる音を聞きながら誰でも楽しく歩けます。

↑「茣座(ござ)の石」

↑「若狭の急流」
川は青白い絵の具を流したような色で見る角度や場所によって色んな色に見えます。そして川幅も広くなってよどんでいたり、狭くて急流になっていたりと変化があります。

↑小魚がたくさん泳いでました
上流に進むとやがて「茣座(ござ)の石」が現れます。茣蓙でも敷けそうなほど上面が平滑になっていることから、その名が付いたそうです。
崖の上の遊歩道から玉川のそばに降りられるのはごく一部でしたが、この不気味なほど青い川には意外なことに魚がたくさん泳いでいるのが見えていました。

↑→誓願寺
すごい断崖になっています。橋を渡ってトンネルを通って行きます。
いくつか真っ暗なトンネルを抜けていくとやがて大きな水音が聞こえてきます。そして目の前に大きな滝が見えてきます。
←回顧(みかえり)の滝
約1.5qほど歩くと抱返り渓谷の中で最大の見せ場の回顧の滝に辿りつきます。見事なので何度も振返って見ることから名前がついたそうです。

真夏の暑さの中滝の下でまいなすいおんを浴びていると生き返る〜〜〜!ってカンジです。
しかしホントキレイな水色ですねぇ

↑抱返りから角館へのバス
バス停に着くとまだ時間があったので唯一あるお店で冷やし中華をいただきました。女将さんの話ではこの店のご主人がこの店を始めるまではホントなにもない観光地でもない場所だったそうです。案内標識などを一生懸命作っても心無い人が抜いて崖の下に投げ捨てられていることも度々だそうです。悲しいことです。今回は時間の関係もあって回顧の滝までしか行けませんでしたが、抱返り渓谷はさらに百尋の滝、神代ダムを経て夏瀬温泉までの約10q続いています。そして女将さんの話では現在夏瀬温泉は休業中なのですが乳頭温泉の某旅館が買いとって来年には再開するとのことでした。そしたらまたそれも兼ねて行ってみたいですね。さてさてyosiは12:05のバスに乗って角館へと向かいました。バスは相変わらずyosi1人で申し訳ない限りです。さて、今日はこれから八幡平方面へと向かいます。。。。。

東北秘湯巡りの旅(5/7)へ続く・・・